聴く、傾聴について考える② 

対話型鑑賞の話を聴く際の心構えについて考えたい。前回、心のどこかで「正しくなければならない」と思っていると話した。自分が正しいとは、相手が間違っていることを指摘することでもあると。

きちんと相手の話を聴くために自分の心をどうすれば良いのか?自分の気持ちは一旦たたんで心の隅に置く。賛成、反対ではなくその結論に至った気持ちに寄り添わなくてはならない。相手の話が同意できない内容であっても、共感することはできると思う。話している相手の発言そのままではなく、その発言をすることで伝えたいと思っている相手の気持ちを拾わなければならない。しかし、ここでも悪い癖が現われる。話を聴きながらついつい相手に自分のモノサシを当てて聴いていることがある。例えば、「今日の夕飯はトンカツだって。やったー!」モノサシをあてて聴いていると→「夕飯にトンカツ!?昼食ならまだしも油が多くて、カロリーや塩分は気にしないんだろうか?」こんな感じだ。”私”の主観をはじめに持ってしまうとなかなか共感までたどり着けない。

対話型鑑賞中に思わずやってしまったのは、”私”が気になったことを聞いてしまったことだ。これでは聞き手である私が知りたいことを知っただけで、相手の気持ちまで理解できと錯覚し、共感できたことにはならない。だから話し手も話がそこで終わってしまう。むくっと立ち上がる”私”を置く練習が必要だ。

”私”がちょいちょい顔を出してしまう、”私”を一旦たたみ心の隅に置くクセをつけようと思う。