対話型鑑賞と出会った”わたし”。2018年

2018年がもうすぐ終わるとともに、世の中では平成が終わるとその話題で満載だ。

この1年を振り返ると、私の人生の大きな転換となる1年だった。

人生100年とまではいかなくとも90年と考えたとき残された人生は約50年。今まで生きてきた時間より多く過ごすことになる。何か、はじめなくては。そんな思いから、1月、女性創業スタートアップ術in川越に参加。参加者は皆何をしたいか、やりたいかが明確であった。私のみ、無。しかしそこでの5日間の中での自分探しの旅はとてもとても頭が疲れたが、今までの人生の棚卸からはじまり今一度自分と向き合う時間ができた。講師の方はじめ仲間との出会いには感謝しかない。

自分探しから見つけたのが”対話型鑑賞”であった。まずお恥ずかしいことに”鑑賞教育”という分野があることも知らなかった。知らないことだらけ、調べていくと私自身大変ひかれる内容であった。

 

正解はない。

 

私はいつのころからか学校で先生の答えを言い当てる術を覚えた。多くの方がそうであるように。教室には先生がいて先生だけが正解を知っている。学校生活では有用であったが人生を歩むうえで私にとって、とても窮屈なものになっていた。そんな私を解放する術の1つ!そう直感し、猪突猛進。

しかし本当に対話型鑑賞とは本当に素晴らしいものか?

私は京都造形大外苑キャンパスでの対話型実践講座を終え面白いと実感した。絵が写真がどんどん語りかけてくる。早く試してみたくなり、地域の趣味の仲間に声をかけてみた。数人が集まってくれ、対話型鑑賞をまず知っていただき、面白いと感じてもらえた。そこから地域の活動が始まる。10数年専業主婦としてこの地域に住まい社会的な交流はないと思っていたがちゃんと地域にコニュニティーが出来上がり支え、応援してくださる方がいることに気づくとともに感謝しかない。

暑い夏。今度はNPO法人ARDAでの3日間。対話型美術鑑賞実践講座に参加。とてもとても勉強になり、ここでの出会いもとても大切なものとなる。最終日一体何枚の絵を鑑賞したのだろうか?頭が本当に疲れた。

その後も地域の活動を行いながら、デイサービスでの実践も開始。

対話型美術鑑賞をしていて1番楽しいのは、人と接すること。私の中での想像をこえて話を紡ぎだす、その瞬間が楽しい。同じ絵を見ても2度同じ光景は現れない。その時、その人、空気、天候、感情。すべて同じことなどないからだ。これこそ正解ありきでは生まれない世界だ。

絵をみる事についてこれだけ考えたのは初めてだろう。技法や配色、構図の勉強には絵を見てきたことはあるが。対話型鑑賞をきっかけに色々なことに目をむける1年にもなった。そして改めて教育ということは尊いと感じた。

長い文章になってしまったが、来年はさらに貪欲に進んでいこうと思う。