変化し続ける、藤田嗣治

東京都立美術館で開催中の藤田嗣治展を鑑賞。やはり人気が高く多くの人でにぎわう。私の中の藤田は白というイメージであった。しかし今回の展覧会で大きくイメージが変わった。

卒業制作の自画像からはじまり人生の終焉近くにはレオナール・フジタとしての宗教画。モディリアーニやキュビズムの影響を受けながら貪欲に学びを続ける藤田の姿勢。そしてジャポニズムが流行っていたパリで日本画の技法なども取り入れる工夫。それが西洋画の中でコラボレーションされ乳白の藤田ができたことを感じた。面相筆で描かれる細い線。そして金箔。仏様の絵にあるような手の書き方。そして黒い瞳の描き方。ぼかし。空間の作り方。どれも日本画に通じるものを感じた。

玉砕画。

これは衝撃だった。あの美しい乳白色と繊細で神経質なほどの細い線を描く人があそこまで生々しい玉砕画が描けるのか。強靭な精神でなければ描けない。軍医の家に生まれた藤田。2度の世界大戦を経験した藤田。戦争とは切り離せない人生であったのだろうと思う。戦争記録画の目的は戦意高揚のはず。私は戦争の悲惨さ、おぞましさを感じた。見ていられない。バンザイクリフも描かれていた。私は絵の中ではなく絵の鑑賞者として現代の平和な日本に生きているありがたさを感じた。

ずっと変わり続けた藤田。それは世の中に流されながら、自分の生きる生きやすい術を試行錯誤して生きてきたあかしだと私は感じた。人間くさい、少し寂し気に感じる藤田を好きになった。